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大阪高等裁判所 昭和59年(行コ)19号 判決

京都市南区吉祥院石原長田町1番地1 桂川ハイツ4号館907号

控訴人

前田正文

右訴訟代理人弁護士

田浦清

京都市下京区間之町五条下ル大津町8番地

被控訴人

下京税務署長 小幡隆

右指定代理人

笠原嘉人

外3名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  控訴人

原判決を取り消す。

訴外東山税務署長が昭和54年7月23日付でした控訴人の昭和52年分所得税の更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分(異議決定によって一部取り消された後のもの)のうち,分離長期譲渡所得金額677万6,722円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定の全部を取り消す。

訴訟費用は第一,二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨

第二当事者の主張

一  当事者双方の主張は,次の二,三に付加するもののほかは,原判決事実摘示のとおりである(ただし,原判決2枚目表11行目の「本件の争点である」から同枚目裏2行目の「その余の」までを「後述の訴外合資会社大石天狗堂(以下「大石天狗堂」という)に対する控訴人の求償権の額を控除しない控訴人の」と改め,同3枚目表9行目の「一部取消後の額は,」の次に「前記(一)の表⑤のとおり」を,同枚目裏10行目から11行目の「求償権」の次に「1,802万4,713円」をそれぞれ加え,同4枚目裏末行の「決裁」を「決済」と改め,同5枚目裏6行目の「保証債務の履行は,」の次に「通常みられるような会社の事業悪化に伴ってなされるものとは異なり,」を加え,同6枚目裏8行目の「述べられている。」を「述べられていることからしても明らかである。」と改め,同10枚目表9行目の「一定期間」の次に「(5年間を限度とするのが妥当)」を加え,同13枚目裏3行目から14枚目裏1行目までの記載部分を削除する)からそれをここに引用する。

二  控訴人の主張の付加

1  大石天狗堂の申立にかかる和議(以下「本件和議」という)の可決,認可に至る経過と控訴人及び大石良三(以下この両名を表示するときには「控訴人ら」という)とが求償権を放棄せざるを得なかった事情について

(一) 大石天狗堂は,本件和議開始の申立当時においては,控訴人らの個人資産を処分することなく,和議条件として和議債権元本の50%を約1年後を初回として6年間にて支払う旨の内容を呈示した。

(二) そして控訴人らと前田俊行において和議債権者に対して和議開始についての協力を求めるために数か月間にわたって個別的に交渉したが,右債権者らが強硬に全額弁済を求めたため,右の和議条件では和議開始について債権者の同意を得ることができず,控訴人らの個人資産を売却処分して和議債権全額を弁済する和議条件に変更しない限り和議開始決定さえ得られない事態となった。

(三) そこで控訴人らはやむなく当初の計画を変更し,個人資産の売却処分を決意し,昭和52年7月11日和議裁判所である京都地方裁判所に和議条件変更の申出をなし,やっと同年9月30日午前10時和議開始決定を得たのである。

(四) そして,その後更に数か月に亙る和議債権者,控訴人らの間の検討協議の結果,和議債権者は,破産的清算に至れば,たな卸資産,什器備品等は廃品同然となり,売掛金,貸付金等の債権の回収が極めて困難となることや,大石天狗堂の資産(不動産)としては借地上の建物のみであることなどを熟知していたことから,本件和議に同意との選択をするに至った。

(五) ところで,和議債権者は担保権を有しないので,大石天狗堂が事業を継続して弁済資金を得ることによってはじめて債権の弁済を受け得ることとなるところから,

(1) 大石天狗堂が事業継続に必要な資金を調達し得,また控訴人ら及び従業員に事業継続の意欲があること,

(2) 大石天狗堂に将来性のある有力な商品があること,

(3) 大石天狗堂の決算内容が事業継続を可能とするものであること,

以上の事項が和議債権者が本件和議に同意との選択をする前提となっていたのである。

そして,大石天狗堂においては,控訴人らが個人資産を売却して和議債務を弁済し,且つ大石天狗堂の事業を継続して行く以上,たな卸資産も有効に適正な価格で売却し得るばかりか,売掛金等の債権の回収も可能であり,また控訴人らに事業継続の熱意があり,(もっとも,大石良三は,ある時期,大石天狗堂の再建を断念したこともある),しかも「ておりプチ」という有力商品があった。

しかるに,大石天狗堂の決算内容は,控訴人らが個人資産を売却してその売却代金によって和議債権者に対する債務を弁済した場合に,控訴人らの大石天狗堂に対する求償権(以下「控訴人らの求償権」という)について貸付金処理をすると,約4,000万円以上の債務超過,即ち破産原因となることが明らかとなるものであり,斯かる決算内容では和議債権者が大石天狗堂の事業継続,ひいては和議債務の履行につき疑念を抱くようになるばかりか,金融機関からの融資も期待し得ないこととなるものであった。そこで,控訴人らは個人資産の売却によって取得した大石天狗堂への投入金等の処理につき税務署,顧問税理士等に相談した結果,求償権を放棄する以外には,金融機関による融資,和議債権者の同意による大石天狗堂の再建は困難であると判断し,控訴人らの求償権を放棄することにしたのである。

即ち,大石天狗堂の和議債務の弁済が大石天狗堂の事業継続を前提とするものであるのに,控訴人らの求償権について貸付金処理をすると4,000万円以上の債務超過となる経理内容,財政状態では金融機関の融資を受け得られなくなるばかりか,取引先も取引に応じて来ず,結局和議債権者も和議に同意しないという客観的な状態(即ち控訴人らの求償権の放棄が不可欠となる状態)であったのである。

(六) そこで,控訴人らはその求償権を和議債権として届出ず,また金融機関に対しても控訴人らの求償権放棄を前提とする決算書等を呈示し,大石天狗堂の本社敷地である大石良三個人の土地を担保に供することを条件に融資の内諾を得たので,京都地方裁判所における和議債権者集会において,本件和議が可決され,認可されるに至ったのである。

したがって,控訴人の大石天狗堂に対する求償権(以下,「本件求償権」という)を含む控訴人らの求償権は,本件和議認可決定以前に既に控訴人らによって放棄されていたものであり,ただ,控訴人らの昭和52年度分の所得税の確定申告手続のために必要であるということで,顧問税理士の助言によって債権放棄通知書が作成されたにすぎないものである。

(七) 以上のとおり,控訴人らの求償権の放棄は,租税負担の回避を目的としたものではなく,大石天狗堂の和議認可決定以前に既に右求償権の行使不可能な客観的事情が存在していたからなされたものである。

2  本件和議認可決定後の大石天狗堂の事業について

(一) 大石天狗堂の売上は和議認可決定後数百万円増加しているが,右売上の増加から直ちに大石天狗堂の事業が順調であるとは速断し得ず,右売上増には後述の和議債務の弁済資金を得るために売却されたたな卸資産(在庫)の売却代金が含まれており,それ故にこそ昭和55年度期を除いて当期利益を計上し得ず,常に損失を計上しているのである。

(二) 大石天狗堂の負債は順調に減少してはいるが,それは本件和議に基づいて次のとおり和議債務が弁済されたからであって,事業が順調であったからではない。

即ち,大石天狗堂は昭和53年2月から昭和58年4月30日までに和議債務約8,700万円を和議条件どおり分割して支払い,(昭和53年度に約6,000万円,昭和54年4月から5年間で約2,700万円),右以外に担保権を有する債権者に3,400万円弱を返済した。

右和議債権の弁済資金は,控訴人らからの2,519万3,467円,(控訴人らが本件不動産を売却して得た代金中から大石天狗堂のために投入したもののうち,保証債務の履行に供したものを除いた残額),京都中央信用金庫十条支店からの3,000万円,国民金融公庫からの約1,000万円の各借入金や,たな卸資産を必要最少限度まで順次売却処分して得た約4,400万円(たな卸資産は,昭和52年度期7,389万8,287円,昭和53年度期4,603万2,379円,昭和54年度期2,956万1,045円と減少した)から捻出されたものである。

また大石天狗堂の借入金残高が和議開始前より和議認可決定後の方が減少しているのは,控訴人らが個人財産を処分して得た代金をもって,国民金融公庫を除くその余の金融機関にすべて返済し,かつ,控訴人らが控訴人らの求償権を放棄したからである。

しかし,本件和議認可後,大石天狗堂の借入金が着実に減少しているとは言えず,むしろ昭和57年度期以降は若干増加している。

なお,大石天狗堂が昭和55年度期に京都中央信用金庫に500万円の返済をなしているのは,借入金を毎年300万円宛長期に分割返済すべきところが,前年度に100万円しか返済し得なかったところから,一括して返済したにすぎないものである。

(三) 大石天狗堂は,人件費として,本件和議開始前の昭和51年度には4,851万0,425円(うち控訴人らの役員報酬は817万2,000円),昭和52年度には3,470万1,058円(うち右役員報酬は662万8,000円)を計上していたが,本件和議開始,同認可後は2,460万円余(うち右役員報酬は660万円余であり,また従業員1名につき賞与を含めて年間150万円弱である)を計上するにすぎず,右役員報酬については昭和58年度においてやっと昭和51年度の役員報酬に近い810万円が計上されるに至ったのである。

また,控訴人らは,控訴人ら個人所有地を大石天狗堂の本拠である工場等の敷地に供し,本件和議開始前は大石天狗堂から年間250万円余の賃料の支払を受けていたのであるが,本件和議認可決定後右賃料債務を免除するようになり,昭和53年8月からは1銭の支払も受けていない。

右のような控訴人らと従業員らの経営努力の結果,大石天狗堂は本件和議認可決定後には,年間約2,750万円の経費を節減し,和議債務の弁済や,運転資金に当てているのである。

(四) 右のように,大石天狗堂においては,たな卸資産の売却処分は売上増として,また和議債務の弁済は負債の減少として現われてはいるが,実際上は,昭和55年度期を例外として,年間約2,750万円もの経費の節減に努力しているにもかかわらず,毎期損失を計上しているのである。

3  大石天狗堂の控訴人らからの借入金について

(一) 大石天狗堂は,前記のとおり控訴人らから2,519万3,467円を借入し,これを長期借入金として処理しているが,右借入金については,控訴人に対して昭和53年度期に200万円,昭和54年度期に10万円を,また大石良三に対して昭和53年度期に660万円,昭和54年度期以降年間約130万円から150万円弱を,それぞれ返済してはいるが,本件和議認可後7年を経過するも未だ完済するに至っていないばかりか,控訴人に対しては昭和55年度期以降全く返済していないありさまである。

(二) また,大石天狗堂の右長期借入金については利息支払の処理がなされてはいるが,現実に利息の支払がなされているわけではない。大石天狗堂は,約900万円の累積赤字を計上しているので,事業資金に支障を来たすことを虞れて,昭和59年度においては控訴人らに対する右利息200万円弱を未払のままにしている。

4  大石天狗堂の財政状態,安全性について

控訴人が本件求償権を行使し得るか否かは大石天狗堂の財政状態,安全性を検討することによって自ら明らかとなる。安全性がなければ本件求償債権の行使は不可能と言ってよい。

ところで,企業の財政状態,安全性を見る場合にはいろいろ経営分析がなされ検討されるが,自己資本比率,負債比率,(以上の各比率は企業は安全性の有無を示すものであり,右安全性上自己資本比率は25%とされる),借入金月商倍率(借入額の危険度を見るものであり,数値によって企業の安全性を判断し得るものであって,倒産防止のための警戒比率と考えられている。借入金の利息等と経常利益とのバランスを考えて案出されたものであって,通常右倍率が3で要注意,1.5で安全と考えられている)を検討するだけで,およその判断ができる。

ところで,大石天狗堂が本件和議を申立てた後の昭和52年4月1日から昭和58年3月31日までの6期に亙る事業年度の決算に基づく自己資本比率,負債比率,借入金月商倍率は別表7の「大石天狗堂の安全性等比率表」記載のとおりであり,(ただし,同表の各事業年度の負債,借入金,自己資本比率,負債比率,借入金月商倍率の各欄の各下段記載の数値は,控訴人らの求償権を大石天狗堂の長期借入金として処理した場合の数値である),これによれば,大石天狗堂においては,自己資本比率は驚くべき数値を示しており,また負債比率によれば控訴人らの求償権を含めない場合でも,自己資本の最低約8.9倍から最高約34倍の負債があることになって,安全性は全くなく,更にまた借入金月商倍率は控訴人らの求償権を含めない場合でも要注意の数値を示しているのであって,以上のことからすれば,仮に控訴人らの求償権を大石天狗堂の長期借入金として処理したとすれば,債務超過により破産原因となったことは明らかである。

右のとおり大石天狗堂の安定性等比率が極めて危険であるにもかかわらず,和議債権者が本件和議条件を選択してこれに同意したのは,破産等による清算の無意味な結末を経済人たる和議債権者が熟知していたからであり,また大石天狗堂の経営者である控訴人らが自らの居宅をも含めた私財を売却して得た代金の大部分を大石天狗堂に投入したうえ多額の控訴人らの求償権までをも放棄して,それまでの大石天狗堂の慢性的赤字を昭和52年度において債務免除益として計上し373万1,176円の黒字決算としたからである。もし控訴人らがその求償権を放棄しなかったならば,大石天狗堂は3,200万円強もの大幅な赤字を計上することとなって(この点については後記のとおり)和議債権者に不安を与え,本件和議は到底可決,認可されるに至らなかったであろう。

また,本件和議条件の履行についても,前述のとおり,控訴人らの私財提供と外部からの長期借入金のほか,たな卸資産を営業を継続するうえで限界に達するまで売却した代金を弁済資金として当てたのである。

5  大石天狗堂の和議認可前後の昭和52年から昭和58年までの経理内容について

右期間の大石天狗堂の利益または損失は原判決添付の別表3,6のとおりである。これのうち昭和52年4月1日から昭和53年3月31日までの事業年度については,数字の上では373万1,176円の利益を計上してはいるが,これは控訴人らの求償権放棄による債務免除益を計上したからであって,右免除益を計上しなければ実質は3,231万8,250円の損失となる。従って利益を計上したのは昭和55年4月1日から昭和56年3月31日までの事業年度のみである。

しかしながら,右債務免除益を計上しても右期間において約636万5,159円の累積赤字を計上し,また仮に控訴人らの求償権を放棄しなかったときは4,241万4,584円の累積赤字を計上することになるのである。ということは,大石天狗堂は実質において大幅な債務超過の状態が長期間継続していたことになるのである。まして昭和52年4月1日から昭和55年3月31日までの事業年度において長期貸付金として1,082万9,992円を計上していた固定資産(大石天狗堂が昭和46年に訴外山城商店に対して弁済期を昭和47年5月として貸付けたもの)が,大石天狗堂が右債権を行使しなかったために昭和52年5月の時点で商事時効によって大部分が消滅し1,000円でしかなかったことをも考えると,自己資本はマイナスとなり,従って自己資本比率,負債比率も憂慮すべき数値を示し(別表8参照),実質においては,大石天狗堂には本件和議認可決定当時から破産原因たる債務超過が継続していたことになるのである。

6  大石天狗堂は,前記のとおり本件和議認可決定後7年間を経過するも控訴人らからの長期借入金を完済し得ない状態であるから,まして既に放棄した控訴人らの求償権を控訴人らが仮に放棄せずに行使していたとすれば,その求償権の行使を一括によらずに長期分割(とは言っても,税法は右長期を15年もとか,20年もとかとは考えてはいない筈である)によったとしても,その一部の弁済でさえ何時可能となるのか予測し得ないものであり,また右求償権の行使が一括弁済の方法であれば即時に,長期分割弁済の方法によったとしてもその弁済途中の比較的早い時期に,大石天狗堂の破産,そして控訴人らの求償権行使不能という結果となることは明らかである。

三  被控訴人の主張の付加

1  控訴人らの求償債権放棄の事情について

和議債権者らが大石天狗堂に債権元本額全部の返済を迫り,その分割弁済という条件で和議が認可されたのは,控訴人らの求償債権の放棄が条件であったわけではなく,後述の大石天狗堂の収益力或いはその将来性を評価したものと見るべきである。けだし,和議債権者らが控訴人主張のような大石天狗堂の財務体質にのみ着目していたとすれば,控訴人らの求償権放棄の有無にかかわらず到底本件和議は認可されなかった筈であり,本件和議が認可されたのは企業の生きた側面,即ち収益力こそが和議債権者らによって重視されたからである。

また,金融機関が控訴人らの求償権放棄を融資の条件としたことは全く窺知されないところである。

しかも控訴人らは,本件不動産を売却した代金の中から金融機関に対する保証債務を弁済し,残額を大石天狗堂に貸し付け,後者のみを大石天狗堂の借入金として計上し,前者に基づいて発生した控訴人らの求償権を放棄しているのであるが,大石天狗堂にとっては求償債務も借入債務も同じく債務である筈であるから,一方のみが放棄されるべき理由は何ら存しないのであって,控訴人らの求償権の放棄が和議債権者や金融機関の要請であったとすれば,同じ事情から発生した右貸付金債権も放棄を要請されてしかるべきところ,現実には右貸付金は着実に返済され,和議債権者や金融機関がこれに異議を述べているような事情は全く存しない。

結局,控訴人のいう和議債権者や金融機関の要請なるものは控訴人の仮構したものに過ぎないものというべきである。

なお,本件求償権の行使が不可能な客観的状態であったとすれば,控訴人らからの右借入金についても弁済が不可能な筈であるのに,現実には大石天狗堂の決算書に計上され,更にその返済も履行されているのであって,右事実からすると,本件求償権の行使も可能であったというべきである。

2  大石天狗堂の安全性等比率について

(一)(1) 控訴人は大石天狗堂の安全性等比率(別表7参照)によれば,本件求償権の行使は不可能であった旨主張する。しかしながら右安全性等比率に妥当性があるとすれば,本件和議認可決定のなされた昭和53年1月23日を含む大石天狗堂の事業年度(昭和52年4月1日から昭和53年3月31日まで)における安全性等比率(別表7の最上段の比率)は,本件和議認可決定当時既に大石天狗堂の安全性が損なわれていたことを示すものであり,届出債権額の元本全額を分割弁済する条件で和議認可決定がなされること自体があり得ないこととなる。更にその後の各事業年度の安全性等比率によれば和議条件の完全履行などあり得る筈がないのである。

しかるに現実には届出債権額の元本全額を分割弁済する条件で本件和議が可決,認可され,大石天狗堂は右認可決定のなされた昭和53年1月23日から昭和58年4月30日までに届出債権額の総額8,739万1,664円の元本全額を分割弁済したのである。そして大石天狗堂はその返済資金を外部,即ち控訴人らから2,519万3,467円並びに京都中央信用金庫十条支店から2,700万円を調達したが,残る3,519万8,197円については外部から調達した事実が認められないので,右資金については大石天狗堂が内部調達,即ち本件和議認可決定後の経営努力によって得たものと言い得る。

安全性等比率に関する控訴人の主張は失当である。

なお,控訴人らがその求償権を放棄したのは,大石天狗堂再建の努力がなされその成果が収められつつあった昭和53年3月13日であり,殊更この時期に放棄しなければならない理由が見当らず,任意になされたものと言わざるを得ない。のみならず,控訴人らの求償権は控訴人らが既に放棄したものであるが,仮令放棄していなくてもその支払を猶予し得たものであるから,控訴人らの求償権を安全性等比率の計算上大石天狗堂の債務に含めなければならぬ理由はない。

(2) 控訴人は,主たる債務者である大石天狗堂の安全性等比率が極めて危険であるにもかかわらず本件和議認可決定がなされ和議条件の履行がなされたのは,① 控訴人らが私財を提供した,② 外部から借入金を得た,③ たな卸商品の処分によって弁済資金を得た,からである旨主張するが,①については,融通手形の不渡りという一時的突発的な原因による資金不足によって大石天狗堂が金融機関の取引停止処分を受けるのを防止するために控訴人らが個人資産を譲渡してその履行をしたものであり,これは大石天狗堂(控訴人らはその無限責任社員及び有限責任社員である)が控訴人らの同族会社で,その他の社員もすべて一族で構成され,控訴人らの生活の基盤をなし,同族間で相互に密接な取引関係があるためになされたものであって,右私財提供は控訴人らによる大石天狗堂経営の意欲を示すものではあっても,大石天狗堂の経営の好転が見込めないことを示すものではなく,また②については,大石天狗堂の貸借対照表によれば,その借入残高は本件和議開始前より同開始後の方が減少しており,右事実は金融機関が大石天狗堂に貸付け協力を行っている証左というべきであって,金融機関も大石天狗堂の事業継続に期待して協力したものと評価されるべきであり,また③については,企業がその流動資産を処分して債務に当てることは当然の経営努力であって,これをもって大石天狗堂の経営が破綻している根拠とはなし得ない。

(二) ところで,控訴人主張の安全性等比率(即ち,自己資本比率,負債比率,借入金月商倍率)は企業の支払能力をその財務体質(経営基礎)に求めようとするものであるが,財務体質がいかに悪くとも収益力がある限り事業は継続され,これによって財務体質も次第に強化されて行く可能性があり,現に我が国の多くの会社が他人資本に多く依存しながらも今日まで発展して来たという歴史的事実があり,企業の支払能力は本質的には収益力という企業の動的側面,換言すれば企業の有する生命力そのものに求められるべきものである。

大石天狗堂の収益力を売上利益率で見ると別表9のとおりであり,控訴人が本件求償権を放棄した日である昭和53年3月13日を含む昭和52年4月1日から昭和53年3月31日までの期間(同年3月期)に一時悪化したものの翌期以降には既に収益力は回復しその後も安定したものになっている。これは大石狗堂が「ておりプチ」を発売するなど活発な企業活動をしていた証左である。

これに対して,別表7に掲げられた数値に頭著な改善が見られないのは,和議条件の履行が負担となり,従来からの財務体質まで改善するには至らなかったにすぎず,控訴人が本件求償権を行使し得ない程大石天狗堂の経営が破綻していたからではない。

なお,控訴人らがその求償権を放棄したというのが昭和53年3月13日であるのに対し,本件和議認可決定がなされたのが,右求償権放棄の日より前の同年1月23日のことであるから,本件和議が認可決定されるまでに至ったのは控訴人らの求償権放棄による債務免除益を計上したからではなく,大口債権者である帝国化成株式会社その他の債権者が大石天狗堂の今後の業績(「ておりプチ」の売上げの増大)に再建の見通しがあるとして協力したからとみるべきである。

第三証拠

当事者双方の証拠の提出,援用,認否は原審訴訟記録中の書証目録,証人等目録,及び当審訴訟記録中の書証目録に各記載のとおりであるから,それをここに引用する。

理由

一  原判決事実摘示第二の一記載の事実は当事者間に争いがない。

二  本件における争点は控訴人の大石天狗堂に対する求償権(即ち,本件求償権)が所得税法(以下法という)64条2項の「全部又は一部を行使することができないこととなったとき」に該当するか否かである。

1  法152条によれば,所得税の確定申告書を提出した後に当該申告にかかる年分の各種所得の金額について法64条2項に規定する事実が生じたことにより,更正の事由(国税通則法23条1項各号)が生じたときは,当該事実が生じた日の翌日から2月以内に限り,国税通則法23条3項所定の事項のほか当該事実が生じた日を記載した更正請求書を税務署長に提出して更正の請求をすることができることが明らかであり,法152条の趣旨と法64条3項の規定とからすれば,法64条2項に該当する事実が当該資産を譲渡した年の末日までに生じた場合のみならず,右譲渡した年分の所得税の確定申告期限(即ち,その翌年の3月15日)までに生じた場合にも,右譲渡した年分の所得税の確定申告の際に右資産の譲渡代金から求償権を行使することができないこととなった金額を控除して譲渡所得の金額を申告することができるものと解するのが相当であり,また右の場合に同項の「求償権の全部又は一部を行使することができないこととなった」か否かの判断の基準日は当該事実が生じたとされる日(所得税法施行規則38条3号参照)であると解するのが相当である。

そして,本件においては,控訴人は,昭和53年3月13日に主たる債務者である大石天狗堂に対して本件求償権(1,802万4,713円)の放棄を通知し,同月14日東山税務署長に対して法64条2項の適用がある場合であるとして,本件不動産の譲渡所得の金額から右求償債権額を差し引いたうえ昭和52年分の所得税の確定申告書を提出したことは当事者間に争いがなく,右争いのない事実からすれば控訴人が大石天狗堂に対して本件求償権を放棄したのは昭和53年3月13日であるものというべきである。

もっとも,控訴人は,同日なした放棄通知は昭和52年分の所得税の確定申告手続のために必要ということで作成されたにすぎないものであって,本件求償権は本件和議認可決定前に放棄されていた旨主張するが,本件和議認可決定前に控訴人が大石天狗堂に対して本件求償権を放棄したことを肯認し得る証拠はない。

そうすると,前示判断の基準日は,本件においては昭和53年3月13日となるものというべきであるから,同日において本件求償権の全部又は一部を行使することができないこととなっていたか否かについて判断することとする。

2  ところで,法64条2項の「求償権の全部又は一部を行使することができないこととなったとき」とは,当該請求債権の相手方である主たる債務者について事業の閉鎖,著しい債務超過の状態が相当長期間に亙って継続し,事業再起の目途が立たないこと,その他これらに準ずる事態が生じたことによって,求償権の全部又は一部の弁済が受けられないことが客観的に確実となった場合を指すものと解すべきであるが,その反面右弁済が受けられないことが客観的に確実となったとは言い得ないにもかかわらず求償権を放棄し,その結果として求償権を行使することができないこととなった場合のごときは,これに該当しないものと解するのが相当である。

ところで,当事者間に争いのない事実(原判決事実摘示第二の一)のうち(二)ないし(四)の事実と成立に争いのない甲第1ないし第8号証,第14号証,第18,第19号証の各1,2,第26号証(後記信用し難い部分を除く),乙第1,第2,第18号証,原審証人今井滋,同前田俊行,同大石良三(上記2名の証言については後記信用し難い部分を除く)の各証言,弁論の全趣旨とを総合すると,

大石天狗堂は昭和5年4月1日骨牌の製造販売などを目的として設立され,「金天狗」なる登録商標で花札,百人一首などの製造販売を行い,国内販売のみならず外国にも輸出するなどし,殊に実用新案登録を得たはた織玩具「ておりプチ」を有力商品として昭和50年11月頃から製造販売したところ好調な売行を示し,業界においてその売行が注目されるようになっていたが,他方において,控訴人(大石天狗堂の無限責任社員である)の古くからの知己である訴外四宮正雄の懇願により同年頃から同人との間で融通手形を交換するようになり,同人から大石天狗堂の振出した手形の見返りとして同人経営にかかる朱竹の会や訴外株式会社日産商事の振出にかかる手形の交付を受けていたところ,昭和52年3月15日突然朱竹の会が倒産し,右日産商事も倒産を免れなくなったことから,割引先の金融機関からの右手形の受戻しや自己振出の手形の決済が不能となったことを契機に大石天狗堂も資金難に陥り,同月18日京都地方裁判所へ別紙和議条件(一)記載のとおり和議債権の50%を分割支払う旨を条件として和議開始の申立をするに至ったこと,

大石良三(控訴人の弟であり大石天狗堂の有限責任社員である)や前田俊行(控訴人の子であり大石天狗堂の営業担当者である)らは右和議条件について債権者らと個別に協議したが,大口債権者である帝国化成株式会社を中心とする債権者らが,債権の全額弁済を要求して右和議条件には同意しようとせず,また控訴人らが連帯保証人となって大石天狗堂が金融機関から貸付を受けていた分についても返済の猶予を得られなかったので,右金融機関からの貸付分を返済すると共に他の債権者らの債権についても全額弁済の要求に応ずるために,控訴人らの個人資産である本件不動産を売却して,右売却代金を右貸付分の返済に当て,その残代金の一部と,大石天狗堂の営業収益その他をもって他の債権者の債権元本全額を弁済することとし,同年6月17日控訴人らは高木康之亮ほか3名に代金9,914万9,410円にて本件不動産を売却し,また同年7月11日大石天狗堂は同裁判所に対して別紙和議条件(二)記載のとおり和議債権元本全額を分割弁済する旨の和議条件変更の申立をなしたこと,

同裁判所は同年9月30日和議手続開始決定をなし,その後,同年12月27日に控訴人らは本件不動産売却代金の中から保証債務の履行として大石天狗堂に対する金融機関の貸付分を返済した(これによって本件求償権を含む控訴人らの求償権が発生した)こと,

大石天狗堂は控訴人らを中心とするいわゆる同族会社であり,控訴人らの生計の基盤ともなっていたところから,控訴人らは大石天狗堂の再建に強い意欲を示し,その債権者らに対して個人資産を売却した代金の中から金融機関に対する右保証債務を履行してその求償権を放棄し,右売却代金の残金から大石天狗堂の債権者らに対する債務の弁済資金や運転資金を支出し,有力商品である「ておりプチ」を主体にして大石天狗堂の売上を伸張することその他の経営努力をするなどの方針を示して,本件和議可決に向けての協力を要請し,また京都中央信用金庫から,和議が認可された後には大石天狗堂の工場敷地となっている大石良三個人の所有地を担保に供して信用保証協会の信用保証を得,大石天狗堂に対して金3,000万円の融資を与えて貰う旨の内諾を得ていたこと,

また大石天狗堂は本件和議認可決定前においても従業員数を減員し役員報酬を減ずるなどして人件費の減少に努めていたこと,

本件和議は昭和53年1月23日同裁判所における債権者集会において別紙和議条件(二)記載の内容どおりの和議条件で可決され,同日同裁判所の認可決定を得,確定したこと,

控訴人らは,同年3月31日までの間に,本件不動産売却代金の中から,控訴人が856万5,779円を,また大石良三が1,662万7,688円を(以上合計2,519万3,467円),大石天狗堂に貸付け,大石天狗堂との間で右貸付金につき長期に亙って分割弁済を受けることや,利息の支払を受けることを約したこと,

控訴人は,本件和議認可決定後の同年3月13日,大石天狗堂に対して本件求償権1,802万4,713円の放棄を通知し,同月14日東山税務署長に対して本件求償権を行使することができないこととなったとして法64条2項を適用して昭和52年分の控訴人の所得税の確定申告書を提出したこと,

以上の事実が認められ,右認定に反する甲第26号証,原審証人前田俊行,同大石良三の各証言の一部はいずれも俄かに信用し難く,他に右認定を左右する証拠はない。

右認定の事実によれば,大石天狗堂は,その事業の経営が悪化したからではなく,融通手形の決済不能から一時的に資金難に陥った結果,本件和議の申立をなすに到り,本件求償債権は和議開始決定後に生じたものであるが,本件和議認可決定によって別紙和議条件(二)記載のちおとおり和議債権元本全額を分割支払うこととして,金融機関から融資を得たり,債権者ら取引先との関係を良好に保ちながら再建する目途が立ち,また控訴人らの大石天狗堂再建の意欲も強いものであったのであるから,本件和議認可決定後2か月を経ない昭和53年3月13日当時において(なお本件和議認可決定後同日までの間に大石天狗堂が事業不振に陥ったなどの事情を認め得る証拠はない),本件求償債権の全部又は一部の弁済が受けられないことが客観的に確実となったものとは認め難いところである。

なお,控訴人は,通常予測し得るある一定の期間として妥当なものと考えられる5年の期間内に求償権行使が不可能と認められるときも求償権行使不可能というべきであるとしたうえ,昭和53年3月末当時までの大石天狗堂の経理内容について,売上げは必ずしも順調ではなく実質的には減少しており,各期の損失も増加しているとか,大石天狗堂の安全性等比率(即ち,自己資本比率,負債比率,借入金月商倍率)が危険な数値を示し,殊に本件求償権の額を加え,更に山城商店に対する債権が時効消滅していたことを考慮すると極めて危険な数値を示しているなどを根拠に,本件求償債権の行使が不可能である旨主張するところ,別表2ないし6(そのうち2ないし4については当事者間に争いがなく,5,6については被控訴人が明らかに争わないからこれを自白したものとみなす)によれば,大石天狗堂は必ずしも順調に利益を挙げているとは言えず,また本件和議債権(弁論の全趣旨によれば,別紙和議条件(二)記載の内容に従って届出和議債権のうち議決権を行使し得ないものとされた分を除くその余の債権全額を支払ったことが認められる)を除くその余の借入金などの負債の返済も必ずしも順調ではなく,大石天狗堂の安全性等比率も別表7,8のとおり(弁論の全趣旨によりこれを認める)ではあるが,これらの事態が大石天狗堂の取引関係を極端に悪化させているわけではなく,右事態が生じているからといって,前記認定判断をくつがえし,昭和53年3月13日の時点において本件求償権の全部又は一部の弁済が受けられないことが客観的に確実であったものと推認することはできない。

3  そうすると,本件求償権,従ってまたその放棄が法64条2項に該当する旨の控訴人の主張は失当である。そして,本件所得税の更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分のその余の点の適法性については,控訴人の争わないところであるから,右各処分は,すべて適法であり,これが取消しを求める控訴人の本訴請求は理由がないので棄却すべきである。

以上の次第であって,控訴人の請求を棄却した原判決は結論において正当であり,本件控訴は理由がないからこれを棄却し,控訴費用の負担については行政事件訴訟法7条,民事訴訟法95条,89条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小木曾競 裁判官 露木靖郎 裁判官 斎藤光世)

〈以下省略〉

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